須屋の五輪塔

肥後国衆一揆、隈府城の戦いで戦死した多久大和守の弟、須屋源五のものと伝えられているお墓(五輪塔)です。

肥後国衆一揆の頃、須屋源五は富田主膳と戦い命を落としたと伝えられています。現在も須屋源五の死を悼み供養が続けられているそうです(鹿北町町史より)。お墓の建造年代は不明です。

須屋の五輪塔の概要

名称: 須屋の五輪塔
種別: 市指定 建造物 | 石塔(五輪塔)
所在地: 山鹿市 鹿北町椎持
所有: 個人
指定日: 昭和49年11月17日
参考サイト: 文化財総覧地図




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