西付城跡

西付城跡
肥後国衆一揆の際、城村城に立て籠もった隈部氏を監視するために佐々成政が築城した中世の付城(つけじろ)です、兵180余りを置いたとされます。

西付城跡 探訪記

2026年5月9日に行ってきました。入口はこのように狭く、奥は藪になっています。少し離れたところから見ると石柱がありましたので、奥に入っていきました。

予想はしていましたが藪です。ここを抜けるとすぐ横は畑になっているので、入らないように畦道を通っていきます。

現在の様子です。20m四方くらいの高台の原っぱになっています。ここが中心あたりで、周囲にもっと広がっていたと思われます。

調査資料によると、この場所は土地が売り出されたときに市の所有地となり、調査が行われ、いくつかの埋蔵物が出土したと書かれていました。

調査は周辺の土地を持つ農家の方々の大きな協力があったようです。東付城跡が整備の際に無くなってしまったこともあり、西付城跡だけでも残って本当に良かったです。

西付城から隈部氏がいた城村城方面を見てみました。本丸まで直線で1.1km。同じような距離に東付城もありましたから、隈部氏にしてみれば目と鼻の先から監視されていた状況でとても嫌だったでしょうね。

西付城跡の概要

名称: 西付城跡
種別: 市指定 史跡 | 城跡
所在地: 山鹿市 城
所有: 山鹿市ほか
指定日: 昭和62年8月28日
参考サイト: 『山鹿市の指定文化財』(pdf)

西付城跡への行き方

所在地
山鹿市 城 (GoogleMap)

行き方

駐車場




シェア: X(Twitter)でシェア Facebookでシェア LINEでシェア